※この記事は夫が自分の経験をもとに書いています。
家を買う。
そう決めた時、もちろん住宅ローンの金額は確認しました。
毎月いくら返すのか。
ボーナス払いはどうするのか。
今の収入で返していけるのか。
一応、数字は見ていました。
返せない金額ではない。
無理な計画でもない。
だから、その時は「大丈夫だろう」と思っていました。
でも、本当に大丈夫なのか。
家が完成するまでの間に、少しずつそんな疑問が出てくるようになりました。
住宅ローンは返せる。
たぶん返せる。
でも、返せるということと、安心して暮らせるということは同じなのか。
子どもたちはこれから大きくなる。
教育費もかかる。
車も必要。
私は仕事の都合で単身赴任中。
自宅とは別に、単身赴任先の生活費もかかっている。
これから猫を家族に迎えたい気持ちもある。
その全部を考えた時に、ふと思いました。
我が家は、毎月いくら使っているんだろう。
年間で、どれくらいお金が出ていっているんだろう。
急な支出があった時、ちゃんと対応できるんだろうか。
そう考えると、急に怖くなりました。
怖かったのは、住宅ローンそのものではありません。
「なんとなく大丈夫」のまま、家族の未来を考えていた自分でした。
このままではまずい。
そう思って、私はようやく家計簿を開くことにしました。
怖かったのは、住宅ローンより「なんとなく大丈夫」
家を買うことは、我が家にとって大きな決断でした。
家族で暮らす場所を持つこと。
子どもたちが成長していく場所を作ること。
そして、いつか猫と暮らせるかもしれない環境を整えること。
楽しみもありました。
前向きな気持ちもありました。
ただ、住宅ローンという現実が近づいてくると、別の感情も出てきました。
これから何十年も返していく。
その間に、子どもたちは進学する。
車の買い替えもあるかもしれない。
親のこと、自分たちの老後のことも、いつか考えなければならない。
それなのに、私は我が家のお金の流れをきちんと説明できる状態ではありませんでした。
毎月いくら使っているのか。
いくら残っているのか。
年払いの支払いは、年間でどれくらいあるのか。
聞かれたら、だいたいは答えられたかもしれません。
でも、「だいたい」でした。
今まで何とかなってきた。
だから、これからも何とかなる。
そう思いたい自分がいました。
でも、住宅ローンを前にすると、その「だいたい」が急に頼りなく感じたのです。
単身赴任で、家計はひとつではなくなった
この頃の我が家には、もう一つ大きな変化がありました。
私の単身赴任です。
家族は自宅で生活している。
私は単身赴任先で生活している。
つまり、生活は二つに分かれていました。
自宅では、妻が子どもたちとの日々の暮らしを守ってくれていました。
一方で、単身赴任先では、私の生活費もかかります。
家賃。
食費。
光熱費。
移動費。
日用品。
一つひとつは仕方のない支出です。
でも、合計するとどうなるのか。
毎月どれくらい出ていくのか。
年間で見た時、どれくらい負担が増えているのか。
そこをきちんと見ていませんでした。
生活が二つに分かれると、お金の流れも見えにくくなります。
自宅では自宅のお金が出ていく。
単身赴任先では、私のお金が出ていく。
どちらも必要な支出です。
でも、必要だからといって、見なくていいわけではありません。
むしろ必要な支出だからこそ、ちゃんと把握しなければいけない。
そう思うようになりました。
返せるかではなく、暮らしていけるか
住宅ローンを考える時、最初に見るのは返済額です。
月々いくらか。
ボーナス払いはいくらか。
今の収入で返せるか。
もちろん、それは大事です。
でも、我が家にとって本当に大事だったのは、そこだけではありませんでした。
住宅ローンを返しながら、家族が今までどおり暮らしていけるのか。
子どもたちの成長に合わせて、必要なお金を準備できるのか。
急な出費があっても、慌てず対応できるのか。
猫を家族に迎えても、無理なく暮らしていけるのか。
返済額だけを見て「払える」と判断していいのか。
そこに引っかかるようになりました。
お金の不安は、数字が見えない時ほど大きくなります。
分からないから怖い。
見えていないから不安になる。
当時の私は、まさにその状態でした。
家計簿をつけたかったわけではない
正直に言うと、家計簿をつけること自体には、そこまで興味がありませんでした。
細かく記録するのが好きだったわけでもありません。
節約が趣味だったわけでもありません。
できれば面倒なことはしたくない。
見なくて済むなら、見たくない。
そんな気持ちもありました。
でも、見ないままでは判断できません。
住宅ローンを抱える。
単身赴任で生活費が二重になる。
子どもたちは成長していく。
猫との暮らしも始めたい。
その状態で、家計を「なんとなく」で済ませるのは危ないと思いました。
家計簿をつけたかったわけではありません。
安心するために、現状を知る必要がありました。
不安をなくしたかったのではなく、不安の正体を知りたかったのだと思います。
最初にやったのは、ただ記録すること
家計簿といっても、最初から立派なものを作ったわけではありません。
細かく分類して、完璧に管理して、毎月きれいに分析する。
そんなことはできませんでした。
まずは、何にいくら使っているのかを見る。
それだけです。
自宅の生活費。
単身赴任先の生活費。
固定費。
年払いの支払い。
食費や日用品。
保険や通信費。
見たくない数字も出てきました。
思ったより使っているものもありました。
これは本当に必要なのか。
これは仕方ない支出なのか。
これは見直せるのか。
その時点では、まだ答えは出ませんでした。
でも、少なくとも「分からないまま不安でいる状態」からは、一歩進めた気がしました。
数字を見るのは怖い。でも、見ない方がもっと怖い
家計簿をつける前は、数字を見るのが少し怖かったです。
思ったより使っていたらどうしよう。
住宅ローンを返しながら、生活が苦しくなったらどうしよう。
教育費が足りないと分かったらどうしよう。
このままでは危ないと分かったらどうしよう。
そんな不安もありました。
でも、見ない方がもっと怖い。
そう思いました。
数字を見ると、現実が分かります。
現実が分かれば、対策を考えることができます。
見えない不安は、ただ怖いだけです。
でも、見える不安は、少しずつ向き合うことができます。
我が家にとって家計簿は、節約のためだけのものではありませんでした。
不安を見える形にするためのものでした。
家計簿は、家族の未来を考える入口だった
家計簿をつけ始めた時、私はまだ投資のことも、保険の見直しのことも、教育費の準備のことも、深く分かっていませんでした。
ただ、住宅ローンが始まる前に、我が家のお金の流れを知っておきたい。
このままで大丈夫なのかを確認したい。
それだけでした。
でも、家計簿をつけたことで、少しずつ分かってきたことがあります。
家計簿は、ただの記録ではありませんでした。
我が家がこれからどう暮らしていきたいのか。
何を大切にしたいのか。
何を守りたいのか。
それを考える入口だったのだと思います。
住宅ローンは、思ったより怖かったです。
でも、その怖さがあったから、家計簿を開くことができました。
もし同じように、将来のお金に少し不安があるなら、まずは家計簿を完璧につけようとしなくてもいいと思います。
今月、何にいくら使っているのか。
それをざっくり見るだけでも十分です。
大事なのは、いきなり家計を変えることではなく、まず現状を見ようとすることでした。
そして、家計簿をつけ始めたことで、次の疑問が生まれました。
記録はできた。
でも、この金額は本当に適正なのか。
家計簿をつけるだけでは、不安は完全には消えませんでした。
次に必要だったのは、家計を分析することでした。
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